手間をかけるが愛ではない


2021.01/05# ノート

半分も使われていないノートが何冊あるだろう。これなら使い切れる、愛せると強く思って買う、でも、あれ違った。。。何度同じことを繰り返してきたのか。

 

日々どんな筆記具やノートを使うかというのは自分にとって重要で、なかなか定着しないけれど昨年やっと落ち着いた。(いまのところ)

 

 

エルメスのユリスPMにラミー サファリのボールペン。

見たままだと、あまり使い・書きごこちには頓着ないひとなのかな、なぜこの組み合わせなのかしら、と私だったら思ってしまう。

 

 

 

ノートは、そのままバッグに入れると角がよれてきたり、開いちゃったり、閉じるゴムもついているし、モレスキンのソフトカバーで解決!と思いきやペンをうまく一緒に持ち歩けない。そしてちょっと大きい。バッグの制約がかかりだす。

 

サイズはa5以下、ばらっと開かない でもジップほどはいかないカバーがほしい。ノートは無地か方眼。ペンも一緒に収納できたらいいなぁ。もちろん見た目も大切!という条件でユリスPMに辿り着いた!が、

リフィルは1万円を超えるしリング部分が大きくて書きにくいし、そもそも手帳だ。

 

ユリスはボタンでリフィルをはめる特殊仕様で他所のノートなんかでは対応できない。。それだけで諦めるのは悔しい……

ぜったい同じことで悩んでいる仲間がいる!

ワードをかえつつ検索、ヒットするブログ、こんな数少ない人にしか必要ではないだろう情報、偏執的改造記録が見られるなんて……今日もありがとうインターネット。

 

参考にさせていただき、不安もなくユリスを購入、そしてコクヨのソフトリングノート(素晴ら商品) のa6サイズに100円ショップで買ったボタンを瞬間接着剤で貼って本体にはめる。

 

 

一緒に持ち歩くラミーもそのままではなく、中身はジェットストリームだ。

ジェットストリームの書きごこちはだいすきなのに、毎度出てくる新作も高級ラインも見た目が受け入れられず、持ち歩き、、たくはない……と思いまた検索していたら、出てきたブログ、サファリの中に入りますよ。とのこと。

通常の0.38mm はそのままバネと芯をいれるだけで使用可能、

新しく出た 0.28mm という細さのモデルは本体の見た目もかなり改善されているが、(1000円超えという高級モデル) そそられはしないので、ラミーに入れることを試みる。 芯が短く他のジェットストリームと互換性無しの仕様。

バネ、切った今まで使用した芯のインクが入っていない部分を切ったもの、0.28mmの芯、の順で入れ使えるようになった。

 

 

 

ユリスの中はソフトリングノート。

サファリの中はジェットストリーム。

 

インターネットのおかげで辿り着いた組み合わせ。これがいいやと思い(込み)、済ますのではなく、調べたり改造したり、その手間が愛着となり使い心地のある一面すら変えていくのかもしれない。 

……いやいや、単純に欲しい物を使い心地に妥協せず得ようと思った結果で、手間が愛に結びついているなんて思わない。そういう面はあるのかもしれないけれど。

そのままが気に入れば、愛せれば一番いいはずで、その上での工夫だ。


高野豆腐のノート


2020.12/10# ノート

このウェブサイトをつくるときに、ノートという項目をつくることは
早々に決めていて、それは文章が書きたかったから、書こうと決意したからである

制作物をきれいに羅列するサイトは自分には向かないし、
ポーンと何かを放りなげることができて、
それがどこに向いてなげられたものかもわからないし、、、
みたいなものを見られるのが、

サイトやブログのよいところだと思っているからです。


だからわたしはポーンと 球というか、
スポンジで出来た球のような飛ばない球をただの空間に放りなげたい


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水上勉『土を喰う日々』の中に

イギリスの劇作家が家に来た際に高野豆腐を煮たものだしたところ、

この美味しいスープは何なんだ といい、

それがなんであるかを説明してもスープと言って聞かなかった、

という記述がある。

 

わたしがインターネットにほおりたい

“スポンジで出来た球のようなもの”は

高野豆腐かもしれない?

軽いし、サイズ感もいい、戻せば重い

ただのスープガラにも捉えられるかもしれない

 

______

 

ここまでの文章は、2016年に下書きにのこしていたものを、2020年のいまみつけた。

もちろん記憶にない、何言ってるかわからないけど わたし高野豆腐をほおりたかったのか。。と読んでしまった。

この4年間、もちろん実行できていない。4年間なにがあって、なにがかわっていないのだろう。

 

ある日曜深夜、また文章を書こうと思った。

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わたしに 絵を描けば?と言った人は一人もいないけど、文章書いたら? 日記書いたら?と言ってくれた人たちはいて、その顔を思い浮かべると大切な人たちであることに今さら気づいた。

その度におしてもらって、少しやってみるものの、生活の忙しさ なんて言えない自分の怠惰や向き合うことから逃げてすぐにやめてしまった。

 

小学三年生の時にはじめて作った自分のホームページに飼っていた犬のことを書いた。

デジカメで撮った写真も載せて うちの犬はかわいいですこの間は八ヶ岳に旅行に行きました

そんなような内容だったと思うけれど、学校で出された作文ではない、自分から書いた文章は はじめからインターネットに載せてしまっていた。

そこからの10年間くらいは、文章を書いては、あらゆるサービスを使ってインターネットに放りなげて 人目に晒してきた。

楽天日記のアクセスカウンターをみて あっ今日はこんなにも人が来てる って思ったことは覚えているから一応人が見ている 見られるものということはわかっていた。

その時は自分なりに視野を精一杯ひろげていたけれど、今考えてみれば なんて無邪気でそんなにも物を気にせず何かを毎日書き続けていたなと思う。

そういう無意識さや身軽さはもう取り戻せないにせよ

ふと大切な人たちの顔が浮かんでしまったので

ちょっとやってみようかなと思い 続く予感もせずにはじめてみる 何度もそういう気持ちになってきた日曜深夜だから 今度こそ続くなんてこともないな きっと

 

______

 

 


ヌトミックの宣伝美術 #1


2018.09/07# ノート

ヌトミックとは、額田大志が主宰する演劇カンパニーである。制作として関わる杉浦くんと仕事で出会ったことで、宣伝美術をやらせてもらうことになったのが始まりで一緒に仕事をして早2年。
初めての制作物は2016年8月にあるカンパニーとしての初動、ワークショップに際してのものだった。
その年は私の大学卒業&独立でもあるので、ここまでのフリーランスとしてのデザイナー生活はヌトミックと一緒に歩んできているといってよい(と思う。)

 


先日ヌトミック入門&SUPERHUMAN上映、というイベントがあり、
そこで額田くんは今まで作ってきた公演について整理し言語化していて羨ましくなったので、わたしもまとめてみるか〜と思いちょう勝手にこの文章を書いています。

 

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初めは「ヌトミックワークショップ&オーディション」のフライヤーを作った、動いているけど紙も刷りました。

nuto_0724c


最初の打ち合わせで、構想&今後の展望的なものを聞き、あとはおまかせ、という感じだったので自己内で非常に悩み、自身の制作物に寄せたものを作った。
「フライヤーをデザインする、というよりも
まだ形の無いヌトミックというものを
グラフィック(もしくはグラフィックデザイン)という手段を用いて
一緒に制作するぞ、というような気持ちでつくろうとはっきり思ったことを覚えています。」
とこのときも記述してますね、気持ち忘れてしまうので残しておくのは改めて大切だと実感。
この段階ではこのような作り方しか出来なかった、普段は滅多にしないけれど、ヌトミックだから出来たとも言える。意識したのは場を描くこと、それは演劇における舞台上などのわかりやすいとされる部分ではなく、もっと日常よりのものであった。

 

 

 

 

そのワークショップに集まってくれた方々と作ったのが次の公演「シュガドノッカペラテ

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ここにきてようやく額田くんの中にやりたいことや方法論が見えてきていて、リサーチが出来そうだったので積極的にしていくことにした。方法論をグラフィックにするという真っ直ぐな取り組み方を一度実践した。
この時の記事読むと、ちょっと何言ってるのかわからないこともたくさん言ってますが、とにかく一生懸命!

このあたりから、額田くんたちと年齢が一緒、状況や家が割と近い、というのが重要になってくる。
お稽古見学にいき、数えきれないくらいまさや(成城の居酒屋)でみんなで飲んで、話して、わたしの、ヌトミックへの該当者意識を高めていった。(と同時に大学時代に抜け落ちていた青春を取り戻していった…)ただの仲良しハッピー話ぽいが、状況や環境によって作られるものはあるし、その該当者意識を高めることが大切だった。

フリーランス一年目、当たり前だけど仕事も少ないし、バイトもして生活していた時期。
そんな時にあったのがヌトミックの宣伝美術だった。一緒の駆け出しなので、勿論ギャランティーも高いわけではなく、モチベーションは、やはりその人達作るものを信頼しているか、好きかどうかであった。
演劇に関して言うと、個人の気持ちややりがい等に頼ることが多くてたまにびっくりするが、ちゃんと成り立たせていくこと、についてヌトミックではよく話し合っていた。

 

次はBankART行った公演「Saturday Balloon」と続きます。

(イベントから時間が経ってしまったのでいま慌ててあげました、そしてたったの二年ですが、過去の作ったものとても遠いものに感じます。恥)


omommaとちかくのフレーミングについて


2016.01/28# ノート

2012年の11月から働かせて頂いていたomommaを12月に退職しました。

 

働いていた、というより目の前のことを一生懸命やらせてもらえる

環境を与えてもらっていたというのが正しい気がします。

 

新たな試みの基礎過程としてはいった私たちに、

omommaの名を持つ大原大次郎さんは最初から惜しみなくすべてを見せてくれ、

物理的なもののつくりかたも、考え方も示してくれた。

ひよっこのどうしようもない私たちに現場をたくさん見せてくれ、

学生だけどそんなことを思わないくらいの関わりを許してくれた。

 

 

大原さんの活動は多岐にわたるので把握するのも難しいくらいだ。

インディペンデントな面白いことをしている人、という単純な見方もできるが

ここ数年でそのような見え方を悠々と超えていった。

証明しながら、超えていくところを近くでみせてもらったことは、

本当に他で見ることはできない景色だったと思う

 

 

事務所のメンバーみんなでたくさんのものを一緒に物を見た。

かけがえの無いとはこのことか、と思うたのしく充実した三年間でした。

 

 

数年間のなかで作られたものや、うまれたプロジェクト、

出会えた方々は全てとても大切で、

自分の自信になっているなと感じます。

 

 

ひとまず今は出来ることをひとつひとつ丁寧にやっていこうと思い

走りながらもゆっくりしているところです。

ゆっくりしてないかもしれない、やる気に満ちあふれています!

このサイトでもアウトプットをしながら、

色々なことを試みていければと思っているところです。

 

 

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このウェブサイトは数年前から作りたいと思っていたもので、

やっとできて実は本当に嬉しい

 

単純なもの、古くならないもの、テキストが書けるところ、を考え、

タイトルは “ちかくのフレーミング” というのをポンと思いついた

ちかく は 知覚 でも 近く でも 地殻 でもいい

 

 

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そしてロゴや線は大原さんに書いてもらった、

この上ない贅沢!三軒茶屋を自慢しながら走り回りたいくらいです!

 

組むのはそのとき大学の助手さんだった時里さんにお願いしました

できるまでながい月日がかかってしまった!本当にありがとうございます

 

まだ投稿も2つしか無いけど、 これから大切に更新していこうとおもいます。


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